わたしが曲を書くときに五線紙が欠かせない。ちゃんとしたスコアを書くことは少ないのだけど、メモや一部分のアレンジなどを書き留めている。一曲完成するとそういう五線紙がたくさん出来るのでそれをファイルにとじる。 欠かせないものなのだけど、用紙のジャンルとしてはいまいちマイナーなようでまず選べる種類が少ない。そのうえ、この間まとめてストックを補充しようと楽器屋でいつも使ってるものを注文したら絶版になっていて手に入らないと言う。しかもこれは初めてではない。なくなってしまったらまた気に入るものを探しにいかないといけない。 五本線が引いてあればどれでも良いかと言うと、やはりそういうことはなく、紙質だの線の間隔だの、用紙の大きさだのといろいろと気になるものだ。 |
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携帯できるタイプの五線紙はさらに選択肢が狭まる。これはモールスキンの五線紙タイプ。市販のものの中では一番好きだ。硬い表紙や紙質は良いのだけど、ノートの向きが横ならもっと良かった。用紙のサイズが小さくなると五線の間隔も狭まるのが多いのだけど、それはとても使い辛い。モールスキンのはそういう事がないのがとても良い。 |
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そして、これが自作のもの。無印良品のダブルリングノートパッドを買って来てばらし、レザープリンタでせっせと印刷した。苦労はしたがとてもいい出来だと思う(手前味噌だけど)。しかし残念な事に、元となるノートが、これまた既に絶版なのだけど。無印でこういう五線紙を出してくれないだろうか。多分わたしは箱買いすると思う。 |
2008年10月アーカイブ
と、いうか、徹頭徹尾言葉である。わたしの場合。何がと言う事になるのだけど、その言葉と言うのは歌詞なのだ。これが完成しないためにぐずぐずと眠っている曲が多いのではないかと思うようになって来た。
だったら歌ものは作らなければ良いと言う事になるのだけど、もちろんそうでない曲も作るが着想からやはり声が入るかなとなると歌詞が必要だ。ヴォカリーズにすればいいという話もあるが、母音だけだとやはり寂しい。「らんらん」だけというのも、少々頂けない。それが合ってれば問題ないのだけど。
以前は言葉より前に歌ってもらうと言うハードルが高かった。誰にと言う問題もあるし、どこでと言う問題もあった。前者は最近では相方や友人など、少々お願いできるつてが出来て来たし、後者も自宅でなんとか録れるようになった。またボーカロイドなんてのも出て来て、そのままだと「ん?」でも、使いこなしてる人のを聞いてるとそれはそれでありかもと思う事がある。純粋技術的な問題は時間が解決してくれるだろうし。
歌ものを作るハードルが下がってくると問題になるのがやはり言葉なんじゃないかと思う。機械が詩を書けるようになるのは当分望めないだろう(そういえばソフトウェア歌声が入るにしても情感をもって歌い上げてくれる事を望むのも無理だな。声が使えると言うレベルではある)。自動生成した韻だけが合ってる歌詞ってのはどうだろう。いまのボーカロイドの声以上に違和感があるだろうか。それはそれでありなのだろうか。
結局自分で考えるしかないのでいろいろとひねり出しているのだけど、出てくる単語やフレーズがどことなくいつも同じなのだ。代わり映えしないなと思っているとすぐに事実上お蔵入りになりかけている。難しい。
なんだ、こんなところにあったのか。
我が家の玄関にて。



